アート・トラスト通信

NPO法人 アート・トラスト通信 No.121

2011年9月29日

9月20日、アート・トラストでは役員改選の議案のため、臨時総会を行いました。その折、10月1日からの新理事長に指田和子様、副理事長に高岡美智子様が就任決定しました。

未来へとつなげていくための人事です。

ひとつひとつの企画を丁寧に楽しく、人生のパートナーとして最適な方々です。ご期待ください。

 

今月2度、小国にトンボ帰りで行って来ました。10月9日-10日の小国町での研修旅行(林間学校)学恵未来塾とアート・トラストの共催の準備でした。チラシを同封します(制作、大西様)。

アート・トラストでは毎日私のコレクション展をしてきました。中越地震で中断でしたが、久しぶりに豊かで幸せな気持ちを味わいました。

今年は8月の小国「もちひと」祭りで(おぐに野に芸術の花を咲かせましょう。NPO法人アート・トラスト)という花火が上がりました。この花火の仕掛け人は小国町の方です。

そして、今回の展示(祭りの日、オペラ喫茶の大西様の企画)。お金に替えられない、買うことのできない豪華な時間を作ることが出来た、とひとりで嬉しくなっております。

夜には、民話を小国の高橋実様がお引受けくださっております。

それから、小国町の方が電話で「泊まる所・食べ物の用意が出来ました」とのことです。

小国では思い出しますと、いつも、掃除・片付けに動きまわる1日なのですが、疲れることもなく、過ぎ去った日々が戻ってきたような、本当に生きる形に触れているような、不思議な感じなのです。そして、東京に帰るとすぐ、行きたくなるのです。空気なのでしょうか?私に合う処かもです?

NPO法人 アート・トラスト通信 No.70

第7回定時総会を4月29日開催しました。19人の方の出席をいただきました。心から御礼を申し上げます。アート・トラストとしましては、8年目を進行中、同慶のいたりです。

報告ですが、5月1日、小国芸術村に行ってきました。特別展『和紙の翼に乗ってネイティブアメリカン達は山野田に戻る』の『儀礼』に出席し、小国和紙に描かれた作品を鑑賞しました。心に残る一日でした。『儀礼』には長岡市の小学生も参加していました。

中越地震の傷は深く、住民は全部、小国芸術村を去りました。会員の五十嵐純一様がお一人で芸術村の再建に挑んでおりました。

私は『守らなければどうするのです。』『守らなかったら残らないのです。』と全く当たり前のことを、会う人ごとに口にしておりました。『芸術は、人の命より永いのです。』と。この後、地震前に寄贈された作品展を土曜・日曜だけ5月から10月一杯オープンするそうです。

15年前、小国芸術村を訪問しました私は、芸術村の存在に感動したのでした。此処は、芸術を愛している稀な所だ。芸術の短命に抗している。芸術の長寿を祈っている。さすが、新潟と。

そして、私の全蓄えを『いつでもそうするのですが』つぎ込んだのでした。そのままでしたら、次の年は迎えられない。「当時の写真が残っています。」そういう建物にです。そして、すぐに芸術村を守ることの容易でないことにも気づきましたが、地震は計算外の天災でした。

紙舗「直」の坂本直昭氏は、ご自分で漉かれました作品の台紙を寄附していました。作品の和紙はベテランの中村様が漉かれていました。それで、私は何をおいても、と参加しました。東京駅6時の新幹線でした。

風邪に見舞われている、新しく会員になっていただきました岸波方子様もご参加下さいました。五十嵐純一さんは塚山駅から最後までお付き合い下さいました。アート・トラストの会員になる約束をしました「たまつき堂」の方もご参加下さいました。

5月7日にも行ってきます。力の無いアート・トラストですが、この芸術の灯は、消してはいけないという証の為です。

15年前のインフォメーションに、「LOVE・・優れた水があるよ」とありました。それは本当です。加えて「ゆったりと時の流れる小国芸術村」とあります。これも本当です。地震で変わったのは民家が無くなった事と、それにしたがって、人が居なくなったことです。

しかし、この日は居なくなったはずの人も戻っておりました。会館前の広場では、輪になって、美術の手がかりの出会いを楽しんできました。

NPO法人 アート・トラスト通信 No.69

3月4日に、茂原に行ってきました。「雨や風のきつくない限り、月に一度は行こう」と、この正月に心に決め、第1日曜日に行くことにしました。

5ヶ月くらい行っていなかったのですが、はなももが満開でした。

「何もかも中途半端のまま、申し訳ないと思っています」とある画家に言ったことを思い出していました。東京の家から茂原への自動車の中でした。どんな話からこの話になったのか、思い出せないのですが、画家はそのとき、「きちんと出来上がったらつまらないのですよ。まだまだと、思っているからいいんであって、これからと、これからだと思ってしんでいいんです」、そう言って私を慰めてくれたことを思い出していました。たぶん、7年ほど前のことです。

上総デッサン館のオープンは今年が21年目です。こんなに年月が過ぎました。正式に「鈴木才子」から「アート・トラスト」に寄贈しましたのは、平成17年です。今年で2年目です。上総デッサン館はログハウスです。木材はスウェーデンから取り寄せたもので、雪の日に(なんと房総に雪でした)届きました。すごい話でしょう。カーペンター付でした。「山と渓谷」という本の付録で、画家が見つけたものでした。この事は、上総デッサン館物語として残しています。ログハウスが出来上がったとき、輸入した業者の方は本当に喜んで「鈴木さん、おめでとうございます」と言ってくださり、さらに「これは300年持ちますよ」と言っておりました。風の便りですが、この業者の方も他界したそうです。画家と私は、茂原に毎日通いました。このログハウスは「絵のための館」として作りました。「ログハウスに絵が似合うか?」と心配しましたが、「山と渓谷」の方が、「似合いますね」と言ってくださり、胸をなでる思いをしたことがよみがえりました。半地下合わせて120平米ほどの、小さな、小さなログハウスですが、一市民の市民力で造り上げたアート・ゾーンです。

ご存知のように、いかに「300年持つ」ログハウスでも、大切に保つべく手を加えない限り、保つことができないのですから、行きましてもすぐに掃除をしました。

そして、まだ「死ねないな」と思いました。それは「生きているうちに画家を招待したい!」と思ったからです。

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